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代表取締役プロフィール

1990年6月 入社

先輩方々の「仕事は見て覚えるものだ」という指導?のもと、工事現場での作業を始めました。私が入社した時、建設機械がほとんど無く、現在では考えられませんがスコップを手に人力作業が大変多かったと記憶しています。仕事を始めたばかりの頃は、筋肉痛で大変な思いをしました。この作業に慣れてきたころ、いつの間にか筋肉質でいい体つきになっていました。

1994年11月 初の現場責任者

仙台市水道局発注で定義山の奥の横川岳というところで上水道管埋設工事を担当しました。冬期受注のため、着手時はすでに約20cm積雪があり、雪かきをしながらの作業の上に、土砂が凍っており掘削が思うように出来ず、初めて任された現場で悪戦苦闘しました。現場への移動は路面凍結で危険を伴うので、付近の民宿に数人で宿泊して工事を行いました。

1995年1月17日 阪神淡路大震災復旧工事応援

この日、定義山の宿で朝食をとりに行った食堂のテレビで、あちこちで火の手が上がっている映像を目にしました。その1週間後に復旧工事の要請があり、横川岳の現場を中断し、兵庫県宝塚市へ復旧工事の応援に向かいました。断裂した水道管の修繕工事を行っていると、被災されてたいへんな状況の中、温かいお茶やお茶菓子の差し入れを頂くなど、多くの住民の皆さんに感謝していただきました。当時の社長をはじめ全員が、皆さんのあたたかいお気持ちに応えられるように、朝早から深夜まで修繕工事を行いました。改めて、この仕事の大切さを実感しました。

2011年3月 東日本大震災復旧工事

14時46分激しい揺れが社屋を襲いました。倒壊すると思いましたが、何とか持ちこたえました。しかし社内は書棚が全て倒れ、机上のものは散乱し一瞬で足の踏み場もなくなりました。揺れがおさまり、ひびの入った窓から外を眺めると道路にあちらこちらで亀裂が入いりそこから水があふれ出て液状化現象がおきていました。当時の社長と上司がすぐに水道局に出向きましたが、未曽有の事態で市内の状況が把握できなかったため、明朝から復旧工事を行うことになりました。早朝から深夜まで給水車による応急給水や断裂した水道管の修繕工事を行いました。体力的にも限界を超えていましたが一日でも早く復旧できるよう工事に励みました。

2014年6月 代表取締役社長に選任

 震災から4年、復旧・復興工事も落ち着きはじめ、代表者を交代することになりました。
私はずっと現場仕事をしておりましたので社内で何をすれば良いものか考える時間が出来るようになり勉強のため様々な講義を受講し、経営のノウハウを学んでおります。
佐静建設株式会社
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水道施設・管工事・土木工事一式
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